Proto-cell
ベシクルからプロトセルへの物理的アプローチ
生体膜は生命系を構成する最も基本となる構造単位であり、膜変形を通しての物質輸送・自己生産等によりその生命活動に重要な役割を果たしている。この生命活動を支える分子集合体の物理を明らかにする為、生体膜を模した多成分膜における変形と相分離ダイナミクスから始め、物質からみた生命の誕生のプロローグの研究を行っている。
1.脂質ベシクルからプロトセル
2.化学刺激によるベシクルの変形と自己駆動
3.ベシクル形状の3次元解析法の開発
4.多成分ベシクルの形状転移
5.膜面上でのナノスケール構造のダイナミクス
脂質ベシクルからプロトセル
細胞型生命が誕生する黎明期には、単純な両親媒性分子集合体が生命としての機能を獲得する過程が進行していた。我々は、生命現象を特徴づける最も重要な機能であるベシクル(球状脂質膜)の自己生産と代謝機能発現の為のベシクル内外間の物質輸送を最も単純な系で再現する事によりプロトセルの物理モデルの構築を目指している。既に多成分ベシクルを用いて、分子形状と相分離を結合することにより、熱サイクルによる膜接着・孔形成・自己生産の再現に成功している。現在、さらにプロトセルに近づける為に物質供給系を含んだモデルシステムによる自己生産ベシクルの物理の解明、東大・菅原グループとの共同による情報分子複製系と協力した自己生産ベシクル系の物理機構の解明を行なっている。
[代表的論文]
Adhesion of Binary Giant Vesicles Containing Negative Spontaneous Curvature
Lipids
Induced by Phase Separation
Y. Sakuma, M. Imai, M. Yanagisawa, S. Komura
European Physical Journal E, 25, 403-413, (2008).
Pore Formation in a Binary Giant Vesicle Induced by Cone-Shaped Lipids
Y. Sakuma, T. Taniguchi, and M. Imai
Biophys. J. 99, 472-479 (2010).
Model System of Self-Reproducing Vesicles
Yuka Sakuma and Masayuki Imai
Phys. Rev. Lett. 107, 198101(1-5) (2011).
[共同研究]
東京大学大学院総合文化研究科 菅原・豊田 グループ
京都大学工学部 谷口グループ
首都大学東京都市教養学部 好村グループ
化学刺激によるベシクルの変形と自己駆動
ソフトマターとしてのベシクルを生命系へと進化させる為に重要な因子の一つが、化学刺激によるベシクル変形の制御である。例えば、pH勾配を膜に与えることによりミトコンドリアのクレステ様構造が再現される事が見出される等、分子集合体と化学刺激の結合による膜形態制御やベシクルを自己駆動させるという新しい動きがある。そのような化学刺激が誘起するベシクル変形機構・自己駆動現象を解明し、分子集合体を生命系へと近づける物理の解明を目指している。
[代表的論文]
Lipid membrane deformation in response to a local pH modification: theory
and experiments
A.-F. Bitbol, N. Puff, Yuka Sakuma, Masayuki Imai, Jean-Baptiste Fournier,
and Miglena I. Angelova
Soft Matter, 8, 6073-6082 (2012).
[共同研究]
パリ第6大学 Angelovaグループ
ベシクル形状の3次元解析法の開発
ベシクルの変形挙動を3次元的に定量化する事は、ベシクル変形を理論的に解明する為に非常に重要な事であるが、いままで複雑なベシクル形状の3次元定量化には誰も成功していなかった。我々は、高速共焦点レーザー顕微鏡を用いて、ベシクルの3次元像をサブ秒スケールで取得し、その3次元像からベシクル表面を抽出し、その形状を定量化する解析法を確立した。また、その結果を用いてベシクルの自由エネルギーを記述するADEモデルの妥当性を明らかにした。今後は、この手法をベシクルの自己生産、自己駆動系に適用することによりその物理現象の定量的な解明に繋げる。
[代表的論文]
Three-Dimensional Analysis of Lipid Vesicle Transformations
Ai Sakashita, Naohito Urakami, Primoz Ziherl, and Masayuki Imai
Soft Matter, in press.
[共同研究]
山口大理学部 浦上グループ
Ljubljana大学 Ziherlグループ
多成分ベシクルの形状転移
生体膜は多くの脂質分子・蛋白質から形成され、膜により囲まれた空間は様々な小器官や粒子で満たされている。そのような多成分からなるモデル生体膜の形状を、脂質分子の相分離と膜の弾性エネルギーの結合による膜変形の観点から検討し、ベシクルの持つ余剰面積と相分離ドメインの面積分率により、様々な形態が現れる事を系統的に明らかにしてきた。また、ベシクル内部に粒子(コロイド)を含む場合、閉じ込められた粒子の自由体積を最大にする為にベシクルが数珠状構造に転移することも明らかにした。これらの多成分ベシクルの基本的な性質はベシクルからプロトセルへの進化の物理的な基盤を与えるものである。
[代表的論文]
Shape Deformation of Giant Vesicles Encapsulating Charged Colloidal Particles
Y. Natsume, O. Pravaz, H. Yoshida, and M. Imai
Soft Matter 6 5359-5366 (2010).
Periodic modulation of tubular vesicles induced by phase separation
M. Yanagisawa, M. Imai, and T. Taniguchi
Phys. Rev. E 82 051928(1-9) (2010).
Shape deformation of ternary vesicles coupled with phase separation
M. Yanagisawa, M. Imai, and T. Taniguchi
Phys. Rev. Lett. 100, 148102(1-4) (2008).
Growth Dynamics of Domains in Ternary Fluid Vesicles
M. Yanagisawa, M. Imai, T. Masui, S. Komura and Takao Ohta
Biophysical J. 92, 115-125 (2007).
[共同研究]
京都大学工学部 谷口グループ
山口大理学部 浦上グループ
膜面上でのナノスケール構造のダイナミクス
生体膜は2次元流体であり、その膜中では様々な脂質・蛋白質・糖分子等がラフトと呼ばれる分子集合体や蛋白質等のナノメートルスケールの構造の運動がその機能発現に重要な役割を果たしていると考えられている。我々は、飽和脂質/不飽和脂質/コレステロールの3成分からなる極小ベシクルでの相分離ドメインの静的および動的構造を中性子散乱法を持ちいて研究し、ドメインのサイズ・組成および拡散係数から膜面上でのナノスケール構造のダイナミクスの解明を目指している。
[代表的論文]
Hydrodynamic effects on concentration fluctuations in multicomponent membranes
S. Ramachandran, S. Komura, K. Seki and M. Imai
Soft Matter 7, 1524-1531 (2011).
Diffusion of domains on nanometer sized vesicle
Y. Sakuma, N. Urakami, Y. Ogata, M. Nagao, S. Komura, T. Kawakatsu and
M. Imai
J. Phys. Conf. Ser. 251, 012036(1-4) (2010)
Nano-meter-sized domain formation in lipid membranes observed by small
angle neutron scattering
T. Masui, N. Urakami and M. Imai
Eur. Phys. J. E 27, 379-389 (2008)
[共同研究]
首都大学東京都市教養学部 好村グループ
NIST (USA) 長尾グループ
山口大理学部 浦上グループ
東北大理学部 川勝グループ